旅行大好きMegです。
今日は長らく携わってきている英語教育についてのお話。
中学で初めて英語の授業が始まった時、帰国子女だった私には
なんじゃこりゃ?
の連続でした。
初めて耳にする日本語訛りの英語にも衝撃を受けました。
帰国子女と言っても、所詮小学生だったので、文法の知識などは無く、英語は滅茶苦茶勉強しました。
でも、当初から日本の英語教育にはとても疑問を感じていたので、大学で教職は取らなかったのですが、結局、ひょんなことから、英語講師の道を長く歩むことになりました。
2002年から小学校に英語が導入できるようになりましたが、その1年前に依頼を受け、実験的に小学校で英語を教え始めました。その当時は、こんな(小学生にお勉強ではない英会話を教える)日が来るとは思わなかった、と、希望と感慨とで胸がいっぱいになったことを覚えています。
その7年後に咽喉を手術し小学校英語教育からは離れましたが、英語導入から15年経った今、残念ながら期待したほどの進展はなく、英語教育産業を儲からせただけなのか?という失望感は拭い切れません。
その後、大学受験生の英語を指導するようになり、小学校から英語を習ってきたはずの生徒達をみるにつけ、その効果は大いに疑問を感じるものとなりました。
英語は、聞き流すだけでしゃべれるようになどなりません。
文法を知らずにしゃべれるようにはなりません(海外で英語漬けになる子どもではない限り)。
一時、文法を敵対視するような流れもありましたが、私は文法は必要不可欠だと思っています。文法を知っていた方が、圧倒的に早く、正確にしゃべれるようになります。
日本人は確かに英語を話すには不利です。
まず、音も全然違うし、文法も全く違う。
間違えると恥ずかしいと思う文化がある。
実際使う機会もほとんどない。
基本的な文法力はあると思うのですが、文法嫌いを量産してしまったため、上手く機能しなくなってしまった感があります。
文法って話すために必要なものだし、英語って使ってなんぼのもの。
以前、有名私立中学の生徒に英語を教えていた時、「何のために英語を勉強してるの?」と聞いたら、みんなキョトンとしてしまいました。「英語は手段であって目的ではない。英語を使って何をするか、何ができるか。何かをするために使う道具。だから知識だけで使えなかったら宝の持ち腐れ。」と言ったら更に驚かれてしまい、そのことに私がショックを受けました。
良い成績を取るためだけに勉強している子たちを目の当たりにした瞬間でした。
小学生の英検受験熱も一時期過熱していました。
試験問題が読めない低年齢の子どもの受験が増えて問題になった程です。
英語を学ぶ一番の理由は?
小学校英語義務化の流れの中、大学受験が今の制度のままである限り、中学、高校の英語へのリンクという大きな流れを考えても、効果的な英語教育は実現できないのではないかと懸念する今日この頃です。